[自作小説]彼岸にて11

小説

田村ことみは神社の本殿の階段に腰かけ,僕を待っていた.
緑のワンピースを着た彼女は森の妖精のようだった.大きな瞳と白く透き通る肌,少しふっくらとした顔の輪郭にはどこか幼さが残っていた.肩まで伸びた黒髪はそよ風になびき,扇情的な首筋が見え隠れした.
重くのしかかる雲とささやき声で何かを話す森.そこに彼女が溶け込む.僕はこの場にいてもいいのか?

「はじめまして,大原君」
「僕はあなたに聞きたいことがある」
前置きなんていらない.あなたや馬場さんは僕にとって何か特別な存在だ.
彼女に歩み寄りながら,決心を固める.

「一体何が起きているんだ?」
「さあ,私には何も起きていないように感じるけど」
僕ははぐらかされたことに苛つきつつ,一方で彼女は本当のことを言っているんじゃないかとも思った.

「あなた次第じゃないかしら.世界がおかしなことになったのかそうでないのか決めるのは」
「主観的な問題じゃない,これは妄想の話じゃないんだ.現実に今起きていることなんだ.客観的な真実が真実足りえなくなっているんだ」
「あなたは神を信じる?」
「いいや」
唐突な質問に僕は唖然とし,素直にそう答えていた.
「どうして?」
「神は人が勝手に生み出したものだからだ」
死に怯え,計り知れない宇宙の広さに怯え,病に怯え,ありとあらゆるものに恐れをなした末に神は誕生した.そして人々の信仰のうえで成り立っていた神は科学によって崩壊した.科学は神の所業はすべて嘘だと明かした.

「神はいない」
「じゃああなたは何を信じるの?」

「客観的な事実」
「それと神はなにが違うの?」
「真逆だ.事実と虚構.真逆だよ」
「そう」
彼女はまっすぐ僕の目を見つめていった.

「じゃあ,仮面をつけた自分と本当の自分は真逆なの?」

(つづく)

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