[自作小説]彼岸にて6

小説

「僕は,あなたが悪いとは思わない.かといって周りの人たちの反応も悪いものだとは思わない.すべては成り行きで,すべてはありのままに展開したと思います」
「互いが生存本能のままに…そうだね.私もかつての自分を恨んじゃいないし,私を避けたみんなも恨んじゃいない.ただの成り行きだ.そしてその成り行きで私は孤独な青春を過ごした.そんな時期にこの森に心をゆだねるようになったんだ.ひとり私は本を読み,虫の声に耳をすまし,滝の落下をただ漠然と眺めた.学校ではいじめこそなかったものの,ひどく惨めだったよ.中でも席替えは地獄だった.私の隣になるのをみな恐怖したんだ.あの異常者はいつ癇癪をおこして襲ってこないとも限らないぞ,と.人におびえる私はみなにはどう映っただろうか.薄気味悪く映ったんじゃないのかな.だから中学時代,私は3年間自分のイメージを変えることが叶わなかった」
彼の輪郭がぼやけ,そこに自分が映った.
「私はいつ死んでもおかしくはない.最後に心のよりどころだったこの場所に来たかったんだ.そして君に会うのを楽しみにしていた」
唐突に発せられたその言葉は,あまりに非科学的で僕には理解できなかった.君に会うのを楽しみにしていた…
「どういう…意味ですか?」
「そのままの意味さ.今日君に会うことを私はわかっていた.知っていたんじゃないが」
彼はそれ以上説明してくれなかった.代わりに昔の話を続けた.
「私は遠く離れた高校へ進学した.私を知る人のいないところを求めて.そこには中学の旧友も数人入学したが,中学3年間,私が言われていたような凶暴さを見せなかったためか,誰一人私の噂を流さなかった.私は生まれ変わることができた.そう思っていた.だがその実,私は一部では変われたが,一部では変われなかった.人と冗談交じりの会話をすることができるようになったが,私はおびえていた.踏み込むことに,踏み込めない自分に,そんな弱った自分に,そして自分の信念を貫くことを放棄していることに.
人生の転機があった.最も親しかった友人が事故で亡くなった.私は,泣いた.そこではじめて自分がどうしてもっと深くかかわろうとしなかったのか悔いた.
かつて私は彼にひどく怒られたことがある.彼はある日私に告げた.
『実は,田村のことが好きなんだ』
あからさまな彼の態度を見れば容易に気づく.私は初めてこういう打ち明けた話ができ,それだけでとてもうれしかった.
『知ってるよ』
『なんだよ』
私は親身に彼の相談に乗った.どうにか田村と彼をくっつけようと画策した.彼はなかなか勇気を出せずにいたが,いよいよその時が来た.

(つづく)

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