[自作小説]彼岸にて7

小説

「結果,彼は振られてしまった.彼は最初こそ意気消沈していたが満足そうだった.その点,むしろ私のほうが落ち込んでいた.数週間もその話を持ち出し『本当に残念だ』と言っていた.彼は
『何度も蒸し返さないでくれ』
と言ったが,私がからかいではなく本心で残念に思っているのを理解していたのだろう,その言葉には嫌気が感じられなかった.
それから数か月後,彼は険悪な顔をし,私をトイレへと呼び出した.
『田村のことが好きだったっていうのは本当か』
『いいや…』
『なあ,みっちゃん,この前の田村の告白断ったのは俺のためか?』
『違う』
『…お前は田村をどう思うか,相談に乗ってくれているとき俺はお前に聞いたよな.そこでもみっちゃん,お前は別に何とも思ってないって…些細な事で覚えてないかもしれないが,お前は昔岩田にも同じ質問をされて別のことを言ったそうじゃないか.岩田が不思議がっていたぞ,なんでみっちゃんは田村の告白を断ったのかって』
私はふと思い出した.彼が田村を意識していると気づく少し前に,同じく友人の岩田に何気なく『うん,かわいいと思うよ』と答えていたことを.
『誤解したなら謝る.でも本当に好きじゃないんだ』
『本心が聞きたい』
鋭い眼光が私をとらえていた.本心か…私も田村さんのことが気になっていた.いち高校生の抱く,吹けば飛ぶような軽い気持ちだったが.されど生まれて初めての確かな恋心だった.
正解がわからなかった.何を言えばよいというのか.永遠に感じられた一瞬で,私はただ彼の鬼気迫る眼光を見つめ返した.彼の気持ちに正直でいたかった.嘘が見抜かれるからではない,私のなくしたものを目の当たりにし,何かが変わってくれることを願ったからだ.
『好きだよ』
『そうか…一発殴らせろ』
私は頬の痛みとともに重荷を下ろした感覚を味わった.
『殴ったのは,みっちゃんが嘘をついていたからじゃない,お前の優しさのために殴るなんてしないさ.わかるよな』
あぁ,わかる.嘘をついたのは彼を傷つけないためだ.殴られた本当の理由はそんな優しさではなく,弱さだ.

今思えば,彼は私のことを本当に深く理解してくれてたんだとわかる.」

(つづく)

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