[自作小説]彼岸にて9

小説

信仰
「君は出合うことになる.馬場道夫の言っていた,仮面を外して語り合える人に」
模倣体は言う.これはスケール規模において科学を超える.フィクションの世界が現実世界を次元の観点で超えたとき,はじめて世界が構築される.
決まっていることだ.

今日も人がちらほらやってきては物を買う.どうしてそんながらくたが欲しいんだ?僕には本当にわからない.
「いらっしゃいませ」
慣れたつくり笑顔を浮かべ,客に接する.
「〇〇カードはお持ちでしょうか?…ありがとうございます.袋はご利用なられますか?かしこまりました…お会計1020円になります…ありがとうございました…いらっしゃいませ…」
さっきの客はぬいぐるみを買っていった.いい歳した老人だった.なんの意味があるんだ.いたずらに部屋を狭くするだけだろう.無意味.無価値.僕はこんな頭の悪い奴に生まれなくてよかったと思うことにした.この客も,次に並んでいるあの客も,無駄なものばかり籠に詰めている.空白の美を知らないのか.日本文化を学ばなかったのか?頭の悪さがうかがえる.

ゆでた海老色に染まる空の下,僕はゆっくりと,うなる自転車をこいでアパートへと帰っていく.ガチャリ,鍵を開けると中は暗くてよく見えなかった.目が暗順応し,次第に良く見えるようになってくる.いつもの部屋だ.1Kの狭い部屋だが僕は特に気にしていない.ふう,と一息ついただけで夕飯の支度をはじめる.冷凍したご飯をレンジで温めている間,買ってきた豚肉を炒める.味付けは適当.今日は塩胡椒で味付けした.気休めにアボカドを半分に切ってそのままスプーンでいただく.もう半分はラップもせず冷蔵庫へ.ラップはアボカドの油でつるつる滑るため,いつからかやめた.

夕食とお風呂を済ませた後,僕は読書をする.まずはレビュー評価を調べて評価が高い小説を図書館で借りる.高評価レビューばかりを厳選して選んできているわけだが,3冊に1冊あたりがあればいいほうだ.そして,その1冊の中でさらなるあたりが見つかることを僕は望んでいる.何か人生の指標となるものが文学のなかにあるんじゃないかと期待する.しかし,馬場さんが答えてくれなかったように,小説もいまだ道しるべを示してくれない.
僕は哲学書や科学書は読まない.もちろん読まなくともたいていの知識は知っているつもりだ.読んでみようかとも思ったが,どうも気が乗らない.一つには堅苦しく感じられること,そしてもう一つには僕の中での物語の意義が脅かされかねないと直感したことがあげられる.つまり僕は小説を哲学や科学を物語形式にしただけと捉えている節がある.小説が学問体系に内包されていると捉えてしまっているのだ.
本能的危機感により僕は今日も小説を読み,何かを求める.
そして,まだ答えが見つからないからこそ読書は僕の生きる希望たりえている.

(つづく)

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