[自作小説]彼岸にて

小説

プロローグ
「うまくこなした先に何があるというのか.小さなつながりを維持できたという小さな安堵だけだろう?」深層心理に訴えかけてくるこの声を,言葉の意味を理解しつつもタブー化した.触れないようにロックをかけた.そうすると半強制的に脳がバグを起こしてくれる.脳の神経回路は拒絶と共感で焼ききれんばかりだったが,それと同時に冷静に彼の言葉を聞き入れる僕がいた.模倣体はなおも言を発する.
「突然にしてイベントは発生する.それは起こる前からすでに決まっていることで,そこに因果は存在しない.だがすべての因果はこの突発する何かから起こっている.君が愛する人を同時に失うことも,彼岸にて君が生きながらにして死んでしまうことも.未来は,いや未来の一部はすでに決まっている.」
「科学が証明した.この世界は不確定であると…神もラプラスの悪魔にも未来は読めない.未来は不確定性をもっている」
僕は浮遊するような感覚の中,最後の気力を振り絞るかのようにそう言った.むなしい抵抗だと半ば直感しつつも模倣体に抗った.
彼は僕が話の通じない相手かのようにあきれた表情をしてこう言った.
「次元が違う」

僕はそこで目を覚ました.

仮面
いつから僕は仮面をかぶって生きるようになったのだろう.明確な出来事があったわけではなく,ただ,こぼしたコーヒーがカーッペットに浸透していくようにじわりじわりと僕を蝕んでいったように思う.根本の僕の内気で繊細な性格に問題があったのだろうか.
小学校に上がった時のことである.田舎の学校故,同学年の生徒はわずか8名.僕を含め男子は3名.2人の男子の内気ぶりをみて僕はふざけ役にまわってみせた.必然,ふざけ役はクラス全員にとっても,先生方にとってもそうだった.怒られることだと知りつつも授業中わざとおちゃらけて先生に叱られることもあった.
あまりに早すぎたように思う.いち少年には到底耐えきれない仕事だった.なんせ人の面前では役者を演じなければならないのだから.
このときすでに心を麻痺させていたように思う.
(つづく)

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